手根管症候群(左手小指から左手首にかけての痺れ、アトピー性皮膚炎、冷え性、便秘)

手根管症候群(左手小指から左手首にかけての痺れ、アトピー性皮膚炎、冷え性、便秘)

手根管症候群による手の痺れが改善された!

30代男性
来院に至った経緯
仕事は大きな物流倉庫で検品・梱包の仕事をしている。重たい荷物を掴むように片手で持ったり、特殊なバンドを巻いて梱包したりしている作業の影響か、4か月前から左手が痺れるようになった。

左手の小指側から手首にかけて痺れるように感じており、痺れはさすがに怖かったので病院で検査を受けた。MRIで脳の検査もやったが何も異常はなく、手根管症候群だと診断された。病院では特殊な仕事していませんかと尋ねられ、自分でも手首に大きな負担になっているのは分かっていたため、納得せざるを得なかった。

かといって、仕事を休むわけにもいかず左手首には常にサポーターをつけて作業していたが、休みの日でも左手小指側から手首に掛けての痺れを強く感じるようになった。病院では特に何も処置はしてもらえなかったので、自分でいろいろと探すことにした。

最初は近所の整体院に通ってみたが、マッサージなどしてもえたので体自体は軽くなったが、左手の痺れはまったく変化がなかった。針鍼灸院にも通ってみたが、特に何も変化がなく通わなくなった。

カイロプラクティックにも何件か通ってみたが、どこに行っても手首にテーピングの巻き肩を教えてくれるくらいで、何か手首に対して処置をしてくれるところはなかった。いわゆる骨の矯正をしてくれるところもあれば、電動で動くベッドで施術をするところもあり、腰痛は楽になったなと思ったが肝心の左手首はまったく変化がなかった。

高校生になったころから便秘が酷く、薬を飲まないと4~5日出ないことが当たり前になっていた。また高校3年生くらいからアトピー性皮膚炎に悩まされており、ニキビのような肌荒れを起こしやすかった。夜になると体の痒みで目を覚ましてしまうようになり、睡眠の質も悪いと感じていた。

子供の頃から低体温で、体温は常に35度台前半だったため、頻繁に風邪を引いていた。大人になってから感じたことだが、内臓も冷えているような気がして、お腹周りは常に冷たいなと感じるようになった。大人になってからは一年中、内臓が冷えていると感じ、内臓を温める食事療法などを長年継続していたが何も変化がなかった。

左手首の痺れはまったく治らず、どうしようか悩んでいたところ、たまたまYoutubeで塩川満章先生の動画を見る機会があった。手の痺れが良くなったとか、便秘が改善したとか、自分がこれまで受けたカイロプラクティックのイメージとずいぶん違うなと思っていた。

一度受けてみたと思い、銀座の塩川カイロプラクティック治療室に問い合わせてみると、塩川先生の新規の予約はストップしていると言われた。横浜駅の方でお弟子さんはいませんかと尋ねると、藤沢駅前で副院長の前田先生が開院されていると教えてもらった。

自宅がちょうど横浜駅と藤沢駅の間だったので、ちょうど良いと思い、塩川先生のお弟子さんなら大丈夫だろうという思いで当院に来院された。


【神奈川県横浜市戸塚区から来院】
初診の状態
  • 01

    隆椎周辺の強い浮腫感

  • 02

    下部腰椎の強い浮腫感

  • 03

    腰部から背部にかけての過緊張

経過と内容
初診時の状態では、上部胸椎と下部胸椎、そして下部腰椎には明らかな可動域制限があった。体表温度検査では、隆椎と下部腰椎に明らかに左右の温度の誤差が確認された。また隆椎と下部腰椎に強い浮腫が確認された。

レントゲン評価では、腰の椎間板の段階は慢性的なD4レベルが確認された。首の椎間板の段階は慢性的なD4レベルが確認され、首の前弯カーブ(前カーブ)は消失してストレートネックを通り越してスワンネック(逆カーブ)となっていた。

初期集中期の段階では週2回のケアを提示したが、仕事の関係で週1回のケアから開始した。

3週目(3回目のアジャストメント)には、4か月間常に感じていた左手小指から左手首にかけての痺れが明らかに軽減した。休みの日はほとんど気にならない程度にまで回復したが、仕事中になると左手首周辺の痺れを感じていた。

6週目(6回目のアジャストメント)には、仕事中でもそれほど痺れを感じなくなってきた。あまりにも無茶な作業を続けていると左手首に違和感が出るが、普通に仕事をしているだけなら痺れはまったく感じなくなった。また便通が良いなと感じるようになり、気づけばほとんど毎日一度は出るようになった。

8週目(8回目のアジャストメント)には、アトピー性皮膚炎にも変化が出始め、肌の赤みが引いている部分が多くなり、夜中に痒くて目を覚ますということがなくなった。この段階でケアのペースを2週間に一度に広げることができた。

16週目(12回目のアジャストメント)には、全身が温かいと感じるようになった。常に冷たかったお腹も触っても温かく感じ、体感として内臓に血が巡っているように感じた。この頃には左手首周辺の違和感は一切なくなっていた。

現在は、ほとんどの症状が落ち着いたが、身体のメンテナンスとして定期的なカイロプラクティックケアを続けている。

考察
今回の手根管症候群による左手小指から左手首にかけての痺れは、首から伸びる神経への負担が最大の原因であったと考えられる。

手首に特殊な負荷が掛る作業が続く仕事の影響からか、たしかに左手首の可動域低下がみられたが、その前に4か月間も痺れが続いていたということを考えなければならない。人間には必ず治るチカラというものがある。

4か月間も続いていた痺れは、今体に負担が掛かっていますよという身体からのシグナルであるが、今回は隆椎から左手首へと伸びる神経に過度な負担が掛かっていた状態だと考えられる。隆椎(りゅうつい)とは、頸椎7番と胸椎1番のことを指す。

頸椎7番と胸椎1番の神経は、肩、腕、手首、指先へと伸びており、特に小指側の方へ枝分かれして伸びる神経となる。隆椎にサブラクセーション(根本原因)があることで、手首の状態を脳が把握できず、人間の治るチカラが上手く機能していなかったことが、痺れが4か月間も続いてしまった要因だろう。

便秘の問題もあったが、通常だと腸の蠕動運動は副交感神経が優位なときに活発になるが、交感神経機能が低下することで「排出」する機能も低下してしまったことが、今回の便秘の要因であったと考えられる。

便秘が慢性化することで、体に毒素が停滞しやすい状態となり、肌から毒素を一所懸命に言排出しようとした結果、アトピー性皮膚炎になっていたと考えられる。また内臓機能の低下は、血流異常を引き起こしてしまい冷え性をも引き起こしていたのだと考えられる。

アジャストメントによりサブラクセーション(根本原因)が取り除かれ、神経の流れが整った結果、左手首周辺の痺れだけではなく、さまざまな症状の改善に繋がったと考えられる。あらためて神経の流れを整えて体の情報を脳へ届けることの重要性が確認できる症例である。

執筆者前田 一真

神奈川県藤沢市出身。1972年に塩川満章D.C.が開院した銀座の塩川カイロプラクティック治療室に内弟子として入る。塩川満章D.C.と塩川雅士D.C.に師事し、副院長まで務める。また日本で最も歴史あるカイロプラクティック学校シオカワスクールでは現役講師を務めており、後任の育成にも力を入れている。2023年5月に地元である藤沢の地で、カイロプラクティックの最前線である塩川カイロプラクティック治療室で学んだ本物のカイロプラクティックを提供する院を実現するため、【前田カイロプラクティック藤沢院】を開院。

笑顔溢れ、心豊かに、幸せな毎日をサポートできるようにカイロプラクターとして尽力している。またシオカワグループの一員として、感謝・感動・希望に溢れる社会を目指している。

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