変形性股関節症

変形性股関節症

車の乗り降りでも股関節の痛みが出なくなった!

50代男性
来院に至った経緯
仕事はハイヤーの運転手をしている。職業柄、長時間の運転姿勢とお客様の重たい荷物を積み込む作業で、昔から慢性的な腰痛があった。ぎっくり腰も何度も繰り返しており、少なくても年1回はぎっくり腰をしてしまっていた。

ある日、車から降りようとすると右の股関節(鼠径部)周辺にビリっと電気が走った。そのときは一時的なものだったが、次の日からは車を乗り降りするたびに右の股関節周辺に強い痛みが出るようになった。

3か月経っても右股関節周辺の痛みが続くので、これはまずいと整形外科を受診した。レントゲン写真やMRI撮影をすると右股関節が変形性股関節症だと診断され、痛み止めを処方された。痛み止めを飲むと多少は痛みが和らぐものの、痛みが出る場所や姿勢などはまったく変わることが無かった。

整形外科でどうにかならないかと尋ねると、「病院では手術をするか?薬で対処するか?選んでください。」と言われた。手術はしたくなかったので、薬でなんとかしてくださいと頼むとブロック注射を打たれたが、それでも痛みはほとんど変わることはなかった。

次第に寝ている姿勢でも寝返りを打つと痛みで目を覚ましてしまうようになり、寝不足で次の日に車の運転をしなければならないという悪循環に陥ってしまった。

あるとき、知人の紹介で腕の良い整体師がいるからと紹介されて整体院に行った。そこでは整形外科で撮ったレントゲンデータを見せると、股関節がくっついているからと脚をおもいっきり引っ張られた。

次の瞬間、右脚全体に激しい痛みと痺れが出て、それ以来普通に歩行することも困難になってしまった。整体院の先生からは好転反応だと言われたが、明らかにそんな感じではなく、紹介だからとよく調べもせずに安易に施術を受けたことを後悔した。

病院で治らないことは分かっていたが、個人治療院での施術も怖かったので、よく下調べをした。すると東京にカイロプラクティックの元祖の先生がいるということを知ったが、今の股関節の状態ではとても東京まで何度も通えないと思っていた。

念のため、問い合わせてみると藤沢駅前にグループ院があるということを知り、当院グループ院の塩川カイロプラクティック治療室からのご紹介で来院された。

【神奈川県横浜市戸塚区から来院】
初診の状態
  • 01

    右仙腸関節の明らかな可動域制限

  • 02

    右仙骨翼に強い浮腫感

  • 03

    腰部全体の過緊張

経過と内容
初診時の状態では、右の仙腸関節に明らかな可動域制限があった。

体表温度検査では、腰部と骨盤部に明らかに左右の温度の誤差が確認された。

レントゲン評価では、椎間板の段階は慢性的なD6レベルで重度の骨盤の傾きも確認されたため、初期集中期の段階では週3回のケアを提示したが、仕事の関係で週1回のケアから開始した。

4週目(4回目のアジャストメント)には、長年あった慢性的な腰痛に変化が出始めた。いつもは仕事終わりは腰がパンパンに張っているが、自分でも分かるほど緊張が緩んでいるのが分かるようになった。

6週目(6回目のアジャストメント)には、車の乗り降りのときに感じていた股関節の痛みはほとんど感じなくなった。また腰痛はまったく気にならなくなり、整体院で施術を受けて以降、頻繁に出ていた右脚の痺れは一度も出なくなった。

8週目(8回目のアジャストメント)には、あれほど強かった右股関節の痛みはまったく感じなくなった。車の乗り降りの姿勢でも右股関節の痛みは一度も出なくなった。またこの段階でケアのペースを2週間に1回に広げることができた。

12週目(10回目のアジャストメント)には、睡眠の質が変わったと感じるようになり深く眠れるようになった。体全体が軽いと感じるようになり、腰や股関節の痛みは何をやってもでなくなった。

現在は、二度と同じような症状に苦しみたくないという思いから、3週間に一度のカイロプラクティックケアを続けている。

考察
今回の右股関節の痛みの原因は、重度の骨盤の傾きと可動域制限によって股関節に繋がる神経に大きな負荷がかかっていたものと考えられる。

過去には何度もぎっくり腰を繰り返していたり普段から慢性的な腰痛があったことからも、骨盤部の不安定さから腰部にも大きな負荷がかかっていたのだろう。特に上部腰椎の神経は股関節と密接な関係がある。

股関節の役割は、重力によってかかった上半身の重さを地面に二分させる役割があるが、骨盤部の乱れによって上半身の重さを地面に上手く伝えられなくなり、その結果股関節に大きな負荷がかかってしまったと考えられる。

今回の症例では、腰部の椎間板の段階は6段階中5段階とかなり慢性的な状態であった。整形外科で診断されている通り股関節変形症がかなり進行しており、股関節と寛骨臼(骨盤)がくっついているような状態だった。

股関節周辺の痛み自体は改善されたが、股関節の可動域制限は残ったままだった。変形してしまった骨や関節は元には戻らないため、できる限り早期にサブラクセーション(根本原因)を取り除き体の情報を脳へ届けることの重要性が確認できる症例である。

執筆者前田 一真

神奈川県藤沢市出身。1972年に塩川満章D.C.が開院した銀座の塩川カイロプラクティック治療室に内弟子として入る。塩川満章D.C.と塩川雅士D.C.に師事し、副院長まで務める。また日本で最も歴史あるカイロプラクティック学校シオカワスクールでは現役講師を務めており、後任の育成にも力を入れている。2023年5月に地元である藤沢の地で、カイロプラクティックの最前線である塩川カイロプラクティック治療室で学んだ本物のカイロプラクティックを提供する院を実現するため、【前田カイロプラクティック藤沢院】を開院。

笑顔溢れ、心豊かに、幸せな毎日をサポートできるようにカイロプラクターとして尽力している。またシオカワグループの一員として、感謝・感動・希望に溢れる社会を目指している。

症例一覧へ戻る
pagetop