手術しかないと言われた分離症による歩行困難な腰痛

手術しかないと言われた分離症による歩行困難な腰痛

ボルト固定を勧められた重度の分離症でも、歩ける身体を取り戻しました!

50代男性
来院に至った経緯
若い頃、部活動中に腰痛を発症し、整形外科で腰椎分離症と診断された経験があった。当時は保存療法で痛みは落ち着き、日常生活に支障はなかったため、そのまま大きな問題として捉えることはなかった。

50代に入り、仕事で長時間立ち続ける日々が続く中で、徐々に腰の重さや鈍い痛みを感じるようになった。それでも「昔からある分離症だから仕方ない」と思い込み、無理を重ねていた。

しかしある日、歩行中に腰へ鋭い痛みが走り、そのまま数歩進むことすら困難になった。腰に体重を乗せた瞬間に崩れ落ちそうになる感覚があり、ついには歩けないほどの激痛へと悪化した。

再び整形外科を受診し、レントゲン検査を行った。そこで医師から説明を受けながら画像を見た瞬間、強い不安を覚えた。若い頃に見た分離部よりも、明らかに隙間が広がっているように見え、自分の目で見ても「これは悪化している」と分かる状態だった。

医師からは「重度の分離症が腰痛を引き起こしています。改善するには、手術で分離部分をボルト固定するしかない」と説明を受けた。

頭では理解しても、「いよいよここまで来たのか」という恐怖が込み上げた。手術という言葉が現実味を帯び、今後の仕事や生活への影響が一気に頭をよぎった。

鎮痛薬を服用すれば一時的に少しは動けるが、薬が切れると再び強い痛みが出る。歩くことに恐怖を感じ、仕事以外では外出を避けるようになった。常に腰をかばう生活が続き、「このまま動けなくなるのではないか」という不安が日に日に強くなっていった。

「手術しか方法はないのか」と思いながらも、できれば身体にメスを入れずに済む道はないかと探すようになった。その中で、たまたま塩川満章先生のYouTubeを診る機会があった。動画では同じように分離症の人が施術を受けているのを見て、これだったら手術をする必要がないかもしれないと思うようになった。

調べていると、同じ市内に塩川先生の弟子がいるということを知った。手術をする前にできることはなんでもやろうと思い、当院に来院された。


【神奈川県藤沢市から来院】
初診の状態
  • 01

    左仙腸関節の明らかな可動域制限

  • 02

    左上後腸骨棘上端内縁にくぼんだ浮腫

  • 03

    腰部起立筋と左殿筋の過緊張

経過と内容
初診時の状態では、左の仙腸関節には明らかな可動域制限があった。体表温度検査では、骨盤部と下部腰椎に明らかに左右の温度の誤差が確認された。また左上後腸骨棘上端内縁に強い浮腫が確認され、腰部起立筋と左殿筋は過緊張の状態であった。

レントゲン評価では、椎間板をD1~D6という6段階で評価していく。腰の椎間板の段階は6段階中5段階の慢性的なD5レベルで重度の骨盤の傾きや過前弯で反り腰が確認された。首の椎間板の段階は6段階中3段階の慢性的なD3レベルが確認され、首の前弯カーブ(前カーブ)は消失してストレートネックとなっていた。

整形外科で診断されている通り、下部腰椎には分離症を伴っており、椎間板の段階も慢性的だったことから初期集中期の段階では週3回のケアを提示したが、仕事の関係で平日の来院が難しかったため週末の週1回のケアから開始した。

3週目(3回目のアジャストメント)には、歩行時の恐怖感に変化がみられ始めた。「痛みはあるが、崩れ落ちる感覚は減った」と表現された。起床直後の強いこわばりがやや軽減し、立ち上がり動作がスムーズになってきた。

7週目(7回目のアジャストメント)には、歩行距離が明らかに伸びた。長時間立ち続けることはまだ困難であったが、日常生活動作での鋭い痛みの出現頻度が減少していた。鎮痛薬の使用回数も減り、「薬を飲まなくても動ける日が出てきた」との変化があった。

11週目(11回目のアジャストメント)には、歩行中の激痛はほとんど出現しなくなった。長時間の立位後には鈍痛が出るものの、休息で回復するようになった。体幹の可動域も拡大し、腰をかばう動きが減少していた。

20週目(16回目のアジャストメント)には、日常生活での支障はほぼ消失していた。仕事も通常通り行えるようになり、「分離しているのにここまで動けるとは思わなかった」と本人が語った。

現在は、日常生活において腰の痛みや恐怖感などはほとんど感じないが、再発防止と身体のメンテナンスとして定期的なカイロプラクティックケアを続けている。

考察
今回の分離症を伴う腰痛は、単に骨が分離していることが直接の原因であったとは考えにくい。主因は左仙腸関節の機能低下により、骨盤部の神経機能が慢性的に低下していた点にあると考えられる。

腰椎分離症は構造的な変化である。しかし、構造が存在することと、症状が出現することは同義ではない。実際に本症例では、若年期から分離は存在していたにもかかわらず、長期間にわたり日常生活に大きな支障はなかった。つまり「分離がある=常に強い腰痛が出る」という単純な図式ではない。

問題は、分離という構造的特徴を背景に、骨盤部へ長期間負荷が蓄積し続けたことである。左仙腸関節の可動域制限と浮腫、体表温度の左右差は、骨盤部における神経機能のアンバランスを示していた。仙腸関節は骨盤の安定性と荷重伝達に深く関与する部位であり、ここに機能低下が生じると、下部腰椎へ過剰な負担が集中する。

分離部そのものが痛みを生み出していたというよりも、仙腸関節の機能低下によって体幹全体の力学バランスが崩れ、神経系が過敏化していた可能性が高い。交感神経優位の状態が持続すれば、筋緊張は亢進し、血流は低下し、痛覚閾値は下がる。その結果、わずかな負荷でも強い痛みとして知覚されるようになる。

本症例で歩けないほどの激痛が出現した背景には、構造的不安定性そのものよりも、神経機能の破綻が関与していたと考えられる。

アジャストメントにより左仙腸関節および関連部位の神経機能への負荷が軽減されると、体表温度の左右差は縮小し、過緊張は徐々に緩和した。骨の分離が消失したわけではない。それでも症状が改善したという事実は、痛みの主因が構造そのものではなく、神経機能のアンバランスにあったことを示唆している。

整形外科的には「手術適応」と判断される状態であっても、必ずしも全例が手術を要するとは限らない。構造の評価と同時に、神経機能という視点で全身を捉えることが重要である。

本症例は、分離症という明確な構造的所見が存在していても、左仙腸関節に存在していたサブラクセーション(根本原因)による神経機能低下を整えることで、歩行困難な腰痛が改善した症例である。構造ではなく機能に着目することの重要性を示している。
手術しかないと言われた分離症による歩行困難な腰痛
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前田 一真

執筆者前田 一真

神奈川県藤沢市出身。1972年に塩川満章D.C.が開院した銀座の塩川カイロプラクティックに内弟子として入る。塩川満章D.C.と塩川雅士D.C.に師事し、副院長まで務める。また日本で最も歴史あるカイロプラクティック学校シオカワスクールでは現役講師を務めており、後任の育成にも力を入れている。2023年5月に地元である藤沢の地で、カイロプラクティックの最前線である塩川カイロプラクティックで学んだ本物のカイロプラクティックを提供する院を実現するため、【前田カイロプラクティック藤沢院】を開院。

笑顔溢れ、心豊かに、幸せな毎日をサポートできるようにカイロプラクターとして尽力している。またシオカワグループの一員として、感謝・感動・希望に溢れる社会を目指している。

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