【逃げ場のない腰痛と坐骨神経痛】薬も効かず、座っても歩いても痛い

【逃げ場のない腰痛と坐骨神経痛】薬も効かず、座っても歩いても痛い

一生この腰痛と付き合うしかないと思っていましたが、本当に変わりました!

60代女性
来院に至った経緯
もともと20代の頃から腰痛を抱えていた。25歳頃から腰の違和感が始まり、年齢を重ねるにつれて慢性的な重だるさを感じるようになっていたが、強い痛みとして日常生活に影響が出ることはなかった。

ところが1年半前、右股関節や腰のあたりに再び違和感を覚えたのをきっかけに、症状は急速に悪化した。

最初は一時的な疲労だろうと考えていたが、数日のうちに痛みが強まり、右太ももの前面や足裏にビリビリとした痺れが出現した。さらにふくらはぎの張りと痛みも加わり、腰痛とともに坐骨神経痛のような症状が広がっていった。

翌月には両方のお尻に強い痛みを感じるようになり、座っているだけで苦痛を伴う状態となった。デスクワークでは数分と椅子に座っていられず、書類仕事に集中できない。

歩き過ぎてもジンジンとした痺れが強まり、安静にしていても腰痛は治まらない。体を自由に動かせなくなる不安が募り、日常生活そのものが制限されていった。

整形外科ではレントゲンやMRIを撮影したが、脊柱管狭窄症でも股関節変形症でもないと診断された。原因ははっきりせず、「年齢による変化」や「神経痛」と説明されただけであった。

ようやく原因が分かるかもしれないと期待していただけに、この説明は大きな失望を招いた。その後はブロック注射を勧められ、初回は劇的に効果があったが、2回目以降は効き目が弱まり、3回目ではむしろ痛みが増すような経過であった。

痛み止めも複数処方された。最初はタレージを1錠飲むだけで腰痛や痺れが和らいでいたが、やがて2錠飲んでも効かなくなり、夜も眠れない日が増えていった。

ペインクリニックでより強い薬を処方されたときには一時的に24時間痛みを感じずに過ごせたが、その効果は長くは続かず、再びお尻や脚に強い突っ張り感と痺れが戻ってきた。薬の量だけが増え、症状はむしろ悪化していく一方であった。

整体や鍼治療、マッサージなども受けてみたが、根本的な改善には至らなかった。施術直後は腰回りの重だるさが和らぐものの、数日経てばまた強い痛みと痺れに悩まされた。

期待しては裏切られることの繰り返しで、次第に「このまま一生、腰痛と坐骨神経痛に縛られて生きていくしかないのか」という絶望感を抱くようになった。

もともと山登りが趣味で健康維持の手段として続けていたが、コロナ禍以降は運動量も減り、慢性的な腰痛が悪化する土台ができていた。30代には山で滑落したり、小学生の頃には交通事故と、腰に負担をかける出来事も繰り返してきた。

そうした中で塩川満章先生のYouTubeを見る機会があった。薬や注射に頼らず、神経の働きを整えて体が本来持つ力を引き出すという考え方に強く共感した。そしてさらに調べるうちに、塩川満章先生は日本のカイロプラクティックのパイオニアであり、塩川カイロプラクティックは日本のカイロプラクティック発祥の院であることが分かった。

その塩川カイロプラクティックで副院長を務めていた先生が、現在は藤沢で開院していることを知った。塩川先生の直弟子として長年臨床を積み、多くの患者を改善へと導いてきた経験を持つ人物であれば、自分の体を安心して任せられると確信できた。

全国から患者が集まる塩川カイロプラクティックの技術を直接受け継いでいる以上、その腕は間違いないと感じ、これまで数々の治療を受けても改善しなかった長年の腰痛や坐骨神経痛も、この先生なら必ず変えてくれるに違いないと強く感じた。

薬や注射に頼る生活から抜け出し、もう一度自由に体を動かせるようになりたい。その切実な願いを胸に、藁にもすがる思いで当院に来院された。


【神奈川県藤沢市から来院】
初診の状態
  • 01

    右仙腸関節の明らかな可動域制限

  • 02

    右仙骨翼にスポンジ状の浮腫

  • 03

    腰部起立筋と右殿筋の過緊張

経過と内容
初診時の状態では、右の仙腸関節には明らかな可動域制限があった。体表温度検査では、骨盤部と下部腰椎に明らかに左右の温度の誤差が確認された。また右仙骨翼と腰椎5番に強い浮腫が確認され、腰部起立筋と右臀筋は過緊張の状態であった。

レントゲン評価では、腰の椎間板の段階は最も慢性的なD6レベルで重度の骨盤の傾きが確認された。首の椎間板の段階は慢性的なD4レベルが確認され、首の前弯カーブ(前カーブ)は消失してストレートネックとなっていた。

初期集中期の段階では週3回のケアを提示したが、仕事の関係で週1回のケアから開始した。

4週目(5回目のアジャストメント)には、長時間座っていても耐え難かった右臀部の痛みが軽減し始め、夜間も薬に頼らず眠れる日が出てきた。

8週目(9回目のアジャストメント)には、ふくらはぎから足裏にかけてのジリジリした痺れが弱まり、歩行後に強く出ていたジンジンする痛みも軽くなった。

12週目(14回目のアジャストメント)には、デスクワーク中の腰痛が大幅に和らぎ、業務への集中が取り戻せるようになった。以前は30分も座れなかったが、この頃には1時間以上座れるまでに改善した。

20週目(23回目のアジャストメント)には、右脚全体の痺れがほとんど消失し、腰痛も再発せずに安定した状態を維持できるようになった。かつては不眠を招くほどの強い痛みがあったが、現在は薬に頼ることなく熟睡できている。

現在は腰痛の再発も見られず快適な日常生活を送っており、趣味である山登りの再開を目指し、再び不調を繰り返さないためのカイロプラクティックケアを継続している。

考察
今回の腰痛および坐骨神経痛は、仙腸関節の可動域制限が主な原因であったと考えられる。

仙腸関節は歩行や姿勢保持において極めて重要な役割を担っており、この部位に可動域制限が生じると、反対側の仙腸関節が過剰に動くことで代償を行う。こうした不均衡の状態で歩行を繰り返すと、腰椎には常にねじれのストレスが加わり続けることになる。

椎間板は構造的にねじれに弱く、繰り返しの負荷によって徐々に厚みを失っていく。今回のケースでは腰椎5番の椎間板が6段階中6段階目という最も慢性的な状態であり、長期間にわたる大きな負担がかかっていたことが裏付けられた。

椎間板の変性は一見すると異常な状態のようであるが、実際には神経を保護するために脳が選択する防御反応の一つであり、その結果として可動性の低下や慢性的な腰痛が引き起こされていた。

骨盤の傾きが固定化されると腰椎や椎間関節に過剰なストレスが集中し、慢性的な腰痛だけでなく坐骨神経根の圧迫を招く。これが下肢へと広がる痺れや痛みの原因となる。

今回の患者では、臀部の梨状筋や腰部起立筋の過緊張も顕著であり、坐骨神経を物理的に締め付けていた可能性が高い。特に「座位でお尻の痛みが増す」という特徴は梨状筋症候群にも典型的であり、日常生活を大きく制限していたと考えられる。

体表温度検査では上部頸椎と骨盤部に左右差が確認された。これは局所的な腰部の問題にとどまらず、神経系全体の機能低下が背景にあったことを示唆している。

上部頸椎の不安定性は副交感神経の働きを抑制し、交感神経が優位な状態を作り出す。交感神経が過剰に働けば全身の筋緊張は抜けず、腰部や臀部の筋肉が休まらない。これが結果として神経への圧迫や炎症を慢性化させ、腰痛や坐骨神経痛の悪循環を強めていたと考えられる。

アジャストメントによって仙腸関節と腰椎の可動性が回復すると骨盤の安定が取り戻され、坐骨神経への圧迫が徐々に解放された。同時に上部頸椎の安定性が整ったことで自律神経の働きが改善し、全身の過緊張が緩和された。その結果、日常生活に支障をきたすほどであった腰痛や坐骨神経痛は着実に軽快していった。

この症例は、長年続く腰痛や坐骨神経痛の背景に、仙腸関節の不均衡、椎間板変性、筋緊張、神経圧迫、さらには自律神経系の乱れといった複数の要因が複雑に絡んでいることを示している。症状そのものを一時的に抑えるのではなく、神経の流れを整え、身体本来の回復力を引き出すことが、慢性的な腰痛や坐骨神経痛を根本から改善に導く鍵であることを改めて示す症例であった。
【逃げ場のない腰痛と坐骨神経痛】薬も効かず、座っても歩いても痛い
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前田 一真

執筆者前田 一真

神奈川県藤沢市出身。1972年に塩川満章D.C.が開院した銀座の塩川カイロプラクティックに内弟子として入る。塩川満章D.C.と塩川雅士D.C.に師事し、副院長まで務める。また日本で最も歴史あるカイロプラクティック学校シオカワスクールでは現役講師を務めており、後任の育成にも力を入れている。2023年5月に地元である藤沢の地で、カイロプラクティックの最前線である塩川カイロプラクティックで学んだ本物のカイロプラクティックを提供する院を実現するため、【前田カイロプラクティック藤沢院】を開院。

笑顔溢れ、心豊かに、幸せな毎日をサポートできるようにカイロプラクターとして尽力している。またシオカワグループの一員として、感謝・感動・希望に溢れる社会を目指している。

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